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H1-B ビザに関する 2, 3 のこと
- 2009-01-02 (Fri)
- Life
日本語を母語とする方で、僕のようにアメリカで働く人がどれほどいるか知りませんが、外国人 (この場合、正確にはアメリカ人あるいはカナダ人でない人ですね) がアメリカで合法的に働くには、Visa (査証) が必要です。先日、東京赤坂のアメリカ大使館で、NIV (Non-Immigrant Visa: 非移民査証) 面接を受けてきました。
査証にも種類がたくさんあり、一概に云えないでしょうけれど、自分の経験ももしかしたら誰かの役に立つかもしれません。というよりむしろ、自分への備忘録として、査証のスタンプをパスポートに押してもらうまで、どんなことをしたかメモしておきます。
大使館面接に臨むまで
僕は米国の企業に雇用されています。そこに至るまでの何か、というのはこの項で扱いません。多くの米国企業は外国人を雇っているでしょうし、顧問弁護士などもいますから、その辺は“良きに”やってくれるはずです。ここで僕がお勧めしたいのは、個人的に話しができる弁護士を自分の味方として持っておくことです。
幸か不幸か、僕は何度か職場を変えてきました。米国で僕は “alien (異邦人)” ですから間違いなく不利な部分はあるわけです。そこで書類や条件のうえで自分には何が必要なのか、それらはいつまでに必要なのか、そういったことを理解しておくことはとても大事なことです。全て web 上で調べられることですけれど、最新情報にアップデートしてあることとか、電話したらすぐに聞けることとか、そういったことを鑑みると僕は、誰か一人知り合いの attorney (法律家) を持っておくべきだと思います。僕にとっては、米国で雇用されることが目的なのではなく、自分自身のしたいことをすることが目的なのですから、一番大事なこと以外は他の人に頼んでもいんではないかな。高い、という疑問もあるでしょうけれど、英語がしゃべれるなら、安く頼める人は沢山います。それこそ web で調べましょう。
そして合衆国政府の DHS USCIS (Department of Homeland Security, U.S. Citizenship and immigration Services) から、”I-797A, Notice of Action” という書類が来たら、査証面接への準備開始です (もちろん、Notice Type が Approval でないとダメですけど…)。
準備する書類
米国大使館の非移民ビザの項目は良く読んでおきましょう。非移民ビザ: 予約ステップには必要な書類がすべて列挙されています。これらを指定された順番 (PDF) でクリアファイルに入れて、持っていきます。僕と同じく H1-B の申請の場合は…
- パスポート
- DS-156「オンライン入力式ビザ申請書」
- カラー写真
- 申請料金の支払い
- DS-157「非移民ビザ補足申請書」
- オリジナルの I-797許可通知
- I-129請願書のコピー
- 雇用証明
- エクスパック 500
- 面接予約確認書
が必要です。
I-129請願書のコピーというのは、H1-B を申請した時の書類です。普通は会社の法律家が用意しますから、しかるべき人にお願いすれば、すぐにコピーを作ってくれるはずです。
雇用証明に関しては法律家と相談しましょう。新規雇用の場合は Offer Letter (内定通知) 、そこの会社から給料を既にもらっている場合は Pay stub (給与明細) などがよく使われるみたいですね。僕は出来るだけ会社の偉い人の署名の入った何かを持っていくようにしています。
DS-156 について
非移民ビザ: 予約ステップにある通り、DS-156 はオンライン入力式ビザ申請書のページから記入します。プレビューもない Web フォームなので僕はちょっとビビりました。form を submit すると PDF ファイルのダウンロードがあって、開いてみると、自分の情報が入力された DS-156 が出来上がり、というわけです。でも多分、登録番号を作っているだけで、入力内容はどうなんだろう…僕は None と書くべき部分を空白にしてしまって、印刷したあとで、None と書き入れた部分はいくつかあります。あと Signature (署名) は必ず必要です。
また、大使館に入館する際に、書類の不備などをチェックしてくれる受付の方がいるんですが、彼女に 25. Name and telephone numbers of person in U.S. Who you will be staying with or visiting for tourism or business. に上司の名前を書けと云われました。H1-B の形態を考えると少々混乱する記入事項だと思うのですが、まぁそういうことです。
あとこれはいうまでもないことかもしれませんが、DS-156 と DS-157 のコピーを是非取っておくべきです。滞在したことのある国のリストとか、学校に行っていた日付とか、なかなか調べられない情報を沢山書きますので…将来のまた記入する時にコピーがあれば一貫性を保てます。
DS-156 を作成するのに、正直に言えば、I-797A は必要ありません。そして DS-156 を作成しないと、NIV 面接の予約を入れることができません。また NIV 面接は常に混雑しています。なので、もし時間に余裕がなくて、日程を早く決めておきたいのならば、DS-156 を早い段階で作成して、前もって予約を入れておく、というのは手かもしれません。
面接当日
東京赤坂の大使館では、まず正門脇の警備室を通過します。そこはもうほとんど空港のゲート並みに(にこやかですが)調べられます。予約確認証を見せることから始まるので、すぐ取り出せるようにしておくべきでしょう。また全ての電子機器は預けさせられます。ノートパソコンを持っていくのはあまり良い考えとは思いません。デジタルカメラ、携帯電話もそこで預けます。
そして入館前に先ほども云いましたが、書類のチェックが行われます。係員の方はてきぱきとしていますが、やってくる人には日本語を母語としない方も結構います。ので、寛容になりましょう。あと僕のように冬に来る人は寒い中でしばらく待たされますので、その辺は準備をしっかりと。
面接、というと、静かな部屋で厳かに、一人一人行われるようなものを、僕はイメージしていましたが、大分違います。実際は…透明な板で仕切られたカウンター越しに、書類を提出して、待って、呼ばれて、また待って、呼ばれて…銀行や運転免許センターのような感じでしょうか。焦らず、気張らず、リラックスしているのがいいと思います。
まずは用意した書類を最初の窓口に提出します。そして指紋採取、その後面接となります。僕は2回目の申請ですが指紋はまた採取されました…
注意深く人の流れを見ていると、質問の量や質に違いがあるのがわかると思います。その流れは属人的なように思えますが… つまり面接で聞かれる内容が多い人は、それを聞く専門の人の窓口に流れているように、僕は観察しましたが、もしかしたら違うかもしれません。しかし間違いないのは、ごく数分の会話で (笑顔で) 窓口を去る人もいるし、時間をかけて書類を持って帰らされる人もいる、ということです。僕はいつもその多く質問する人の窓から呼ばれないことを祈りつつ、待ちます。
待ち時間は単調かつ思っているより絶対長いです。僕は小説を持っていきましたが、呼び声が気になってしまってなかなか読み進められませんでした。気が散ってもいいアナログな何か、新聞とか雑誌とかを持っていくといいかもしれません。あとトイレも最初に書類を出したらすぐに行くべきですね。
幸い、僕の面接はほんの数分で終わりました。ゲートをくぐって出るまで、大使館の滞在時間はざっと2〜3時間程度だったでしょうか。 (その多くは待ち時間ですよ!)
今回は驚いたことに、提出から 25 時間程 (つまり翌日) で、手元にパスポートが帰ってきました!前回はやっぱり(営業日換算で)4日程かかったけどなぁ…ちなみに提出した DS-156 と DS-157 を除く、全ての書類は返却されます。
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False となる値 - JavaScript: The Good Parts
- 2008-12-26 (Fri)
- JavaScript
“JavaScript: The Good Parts ―「良いパーツ」によるベストプラクティス“の Appendix A に収録されている(であろう)表を引用しています。
False となる値
以下にあげる値は、if や switch の条件式の中で、false となります。
| Type | Value |
|---|---|
| number | 0 |
| number | NaN |
| string | ""(要素が空(から)の文字列) |
| boolean | false |
| Object | null |
| undefined | undefined |
意識/無意識のうちにでも理解しているとは思いますが、こうやって整理されているとまたわかりやすいですね。
さてここからは余談です。多くの言語では、文字列と配列は非常によく似た存在です。つまりどちらであっても、長さというプロパティがあって、添字によって中のデータに一つ一つアクセスできる、というものです。もし要素が空(から)の文字列が false であるなら、要素が空の配列はどうでしょう?実際には要素が空(から)の配列は false とは評価されません。おそらく JavaScript の Array は Object に帰するもので、空配列は null でない Object と云う意味で、例外になってしまうからでしょうか。
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文字列比較 - JavaScript: The Good Parts
- 2008-12-23 (Tue)
- JavaScript
いつだったか、この blog にも何度か登場している Mauvis に勧められて購入した “JavaScript: The Good Parts ―「良いパーツ」によるベストプラクティス” は原書で何度か読みました。なんだか翻訳が最近出たそうなのですが(訳の問題はわかりませんが)、これはお勧めです。すごく薄いけど、気付かされることがすくなくとも、僕には沢山ありました。しばらくこの本から学んだことをいくつか紹介していきたいと思います。
最初は String の比較です。
以下の expression は共に true と評価されます。
('cat' == 'c' + 'a' + 't') // true
('cat' === 'c' + 'a' + 't') // true
この本を読むまでは、JavaScript はなんとなくインスタンスベースの比較をしてるのかなぁと思ってました。それはつまり、等号( == あるいは === )の左右両辺にが全く同じメモリアドレスを指し示している時だけ、true と評価される、ということです。しかし実際には、String の比較時はその文字列の内容を評価していました。
var s1 = s2 = 'foo'; var s3 = 'foo'; s1 == s2; // true s1 == s3; // still true, of course.
従って、もし万が一、インスタンスで文字列を比較したい場合は、以下のようにするといいでしょう。
var s4 = new String('foo');
var s5 = new String('foo');
s4 == s5 //false
しかし本の中になんども登場する通り(そして僕も強く同意しますが)、Wrapper Object (String, Number そして Boolean) は混乱の元です。必要となるシチュエーションもあまり想像できません。
ところでインスタンスベースの文字列比較、というのはもうあまりポピュラーではないんでしょうか?僕が多分最初に Java を学んだときはインスタンスベースの比較だったような気がしたのですが、今試してみたら (1.5.0_16 on Intel Mac) 内容で比較していますね。PHP も同じようです。
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configure your Sandbox with Scheme
- 2008-11-20 (Thu)
- Mac
Mac OS X - from the server room to your desktop
[EN] / JA
BSD’s Jordan talks about inside Mac OS X. People just talk about the (future) release date of Snow Leopard, but I think more interesting thing is that… On page 29, as Sandbox Profiling language, they use Scheme!
EN / [JA]
FreeBSD の著名な開発者 Jordan Hubbard が Mac OS X の内部についてプレゼンテーションをし、その中で次期リリースについてふれらているのが話題になっていますが、僕はそれよりも、29ページ目にある、Sandbox Profiling 言語として使用されている Scheme に注目したいですね。
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Coway’s Game of Life
- 2008-11-14 (Fri)
- JavaScript
ライフゲームは思い入れがあるというか、僕が NYU で一番最初に自分で書き上げたプログラムです。セル・オートマトンというアイデアもとても面白いし、何より動いていくその様が大好きでした。ITP の最初の期末、発表の数時間前に書き上げて、動いていたのはとても感動的…なんて話はどこかに書いた気がします。どうってことないプログラムだけれど、やっぱり動くのをみるのは気持ちいいですよね。その発表したバージョンは、Macromedia Director Lingo で書かれていて、どうやったか覚えてないけど、マルチプレイヤーでした…3人まで参加できて、matrix のアニメーションを排他ロックしていたはず…
マルチプレイヤーの部分はまだ実装してませんが、一人遊びをする分にはこれで十分かと思います。お楽しみください。100分の1程度の割合で、セルが突然変異をするので色がだんだんかわっていきますよ。
インタラクションの制御に MochiKit を使っていますが、もうちょっと改良の余地はありそうです。
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モチキット入門
- 2008-11-13 (Thu)
- JavaScript
諸般の事情により、今更ですが MochiKit をはじめてみました。Prototype.js と jQuery にどっぷりだった人が全然違う vocabulary にすごい悪戦苦闘してる感じ。ただしばらく使ってみると、それなりに使いやすいのは解ってきたので、ごく初歩でつまずいたところを簡単に羅列しておきます。
- Mochikit ではなく MochiKit
このへんは、キャピタルレター好きのドイツ人感性だろうか… - MochiKit.js はローダー。
意味論的にメソッドがファイル (object) に分類されていて、MochiKit.js を読み込むと凡てのファイルを読み込む。選択的に使いたい場合は、<script>文を複数行書く。ただし、依存関係もあるので、MochiKit.MochiKit.SUBMODULES に書かれた順序で読み込むのが正しい感じ。 - global 汚染しない方法もある
jQuery な人が最初に気持ち悪いと思うのは、デフォルトでかなりの数の関数が global 名前空間に登録されていること。official のドキュメントの一番最初にあるが、<script type="text/javascript">MochiKit = {__export__: false};</script>を MochiKit 関連を読み込む前に発行しておけば、FQMN (Fully-Qualified-Method-Name: なんて言い方があるかどうか知らないが) のみのアクセスに制限できる。 - ドキュメントは expand all してページ内検索
語彙がだいぶ違うとはいえ、宇宙語ではないので多分全ての語彙からキーワードを検索すれば多分何かは解るはず。ドキュメントは Overview が時代遅れな感じがしますが、細かい部分の完成度は高いです。
前に作った、Conway’s Game of Life を MochiKit を使って書き直してみました。というか、EventRunner を使わなくなっただけとも言えます…
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スタイルをもって書く方法
- 2008-07-27 (Sun)
- translation
How to write with style という カート・ヴォネガット のエッセイを、Reddit で最近知りました。面白いなと思ったので、翻訳してみました。Keep it simple とかいいながら、後半めちゃくちゃになっていく、このおっさん…
ちなみに、多分これは、パブリックドメインではないだろうし、著作権も残っているでしょう。
翻訳に関する意見や質問は是非コメント・トラックバックでお寄せください。
スタイルをもって書く方法
- author
- Kurt Vonnegut
- translation
- takashi mizohata
新聞記者や Tech ライターは、記事の中に個人的なことを何一つ書かないように訓練されている。これは物書き世界においてはとても異端なことだ。一方で墨染みの悪漢どもは自分たちの事ばかり読者に向けて書いている。これは暴露と呼ばれ、偶然であれ意図的であれ、スタイルの要素だ。
こういった暴露は、読者としての僕らがどんな種類の人間とこれから一緒に時間を過ごすのかを教えてくれる。この物書きは、無教養なのか見聞が広いのか、間抜けなのか聡明なのか、ひねくれたやつなのか正直者か、糞まじめなやつか滑稽なやつか…などなど。
なぜ自分の書くスタイルを、改善することを念頭に、検証するべきなのだろう?まずは何を書くにしても、読者への敬意としてすべき。どんな方法であれ自分の考えを書き散らすだけだとしたら、読者は間違いなく感じるのだ。この著者は読者のことなんて全く考えてないと。自負心が強すぎるとか、トンマとか、あるいはそれ以下の判断のもと、彼らは君の書いたものを読むことを止める。
自分が何に興味があるか、何に興味が無いのかを知らせることは、最も破滅的な暴露だろう。何を見せるか、あるいは何を読者に考えさせるかを、書き手自身が決めるような物書きを、君自身も嫌いじゃない?頭が空っぽの物書きが言語の熟練に関して書いてることを、君は一度でも敬服したことがある?無いよね。
だから、君自身のスタイルは、君の考えから始める必要がある。
君の気にすることを見つけよう
君が気にかけていることで、心の底から他の人も気にかけるべきと思うことを見つけよう。これが正真正銘の気遣いで、言葉遊びではない。そして最も抵抗しがたく、魅力的な要素だ。
僕は何も君に小説を書いてくれるように促しているわけじゃない。いや、まぁもし君が、本物の気遣いをもって何かを書いたなら、まったくもって悪いとは思わないけれども。家の目の前の道路に出来た深い穴に関する市長への嘆願書とか、隣に住む女の子へのラヴレターはそういう本物の気遣いだよね。
でもただとりとめもなく話せばいいってことじゃない。
僕は長々とおしゃべりしたりはしない。
キープ・イット・シンプル
言葉の使い方として: ウィリアム・シェークスピア (William Shakespeare) とジェームス・ジョイス (James Joyce) のことを考えてみよう。二人は偉大なる言語の達人だ。二人とも、最も深遠な題材をほとんど子どもみたいな言葉で書きしるす。
“Should I act upon the urgings that I feel, or remain passive and thus cease to exist?”
“To be or not to be?”
シェークスピアのハムレットは「生きるべきか死ぬべきか」と言った。一番長い単語 (訳注: not) ですら3文字しか無い。
ジョイスが陽気な時は、クレオパトラのネックレスほどに錯綜した文章を編み出すこともあったが、僕のお気に入りは短編の “Eveline” から: 「彼女は疲れていた。 (訳注: She was tired.) 」この一文が出てくる部分までで、他のいかな言葉も、この三語ほど読者の心をつかまなかった。
言葉の単純さは、評価されるだけでなく、神聖ですらある。聖書は 14歳の書くような瑞々しい一文で始まる。「 初めに、神が天と地を創造した。」
削る勇気を持とう
例えばね、もしかしたら、君にもクレオパトラのネックレスを作ることが出来るかもしれない。だけど君の雄弁さは君の中のアイデアのしもべであるべき。君の従うべきことは: もしどんなに優雅な文章であっても、それによって君の題材が新しく方法かつ有益な様に輝かないのであれば、消してしまえ。
君らしく語る
君にとって一番自然なスタイルは、子供の頃に聞いた話し方が反映されている。小説家ジョセフ・コンラッド (Joseph Conrad) にとって英語は第三言語だったけれど、彼の英語の使い方はとても小気味よく、彼の母語、つまりポーランド語に彩られていることは間違いない。そして幸運なことに、彼はアイルランドで育ち、かの地の口語英語はとても陽気で音楽的なのだ。僕自身はインディアナポリスで育って、そこでは旋盤がブリキを切り裂くようなのが普通のしゃべり方だった。そしてモンキーレンチの装飾性を語るのと同じくらいの語彙しか用いない。
もうすこし離れた山あいのアパラチアでは、子供たちは、未だにエリザベス女王時代の言葉遣いや歌を聴きながら育つ。そう、多くのアメリカ人が英語以外の言語を聞きながら育つのだけれども、大多数のアメリカ人は英語方言を理解することができない。
蝶の多様な紋様が美しいのと等しく、こういった凡ての話語の多様性は美しい。君の母語が何であれ、君の人生でそれは宝物としてとっておくべきだよ。もしそれが標準英語じゃなかったとしても、そしてもし君が標準英語を書いている時にそれが出てきてしまうとしても、普通はとても喜ばしいものができる。例えば片目が緑でもう片方が青い、とても可愛い女の子ようにね。
気がついたのは、僕がインディアナポリスから来た人みたいな書き方をした時に、僕自身自分の書いたことを信用できるし、他の人が僕の書いたのを最も信用できるのもそういう時、つまりそれは僕自身ということ。他にどうしろって言うの?熱烈に教師が推薦するやり方は、君にも間違いなく押しつけらていると思うけれど、1世紀とかそれ以上前の、教養のある英国人とかそういう書き方でしょ。
自分の言いたい様に言おう
昔そういう先生たちに僕はすごくイライラさせられていたけれど、もうそんなことはない。今はこういうことだってわかったから。つまり、僕の書いた作品たちが比較されていた、骨董品のエッセイや物語は、時代遅れ感や異邦性という理由からそんなに素晴らしくない、いや正確に言えば、その著者たちの言わんとする意味おいて、あまり素晴らしくないんだ。僕を教えてくれてた先生たちは、僕がもっと正確に書くことを願っていった。いつも最も効果的な語を選び、例えば工業製品の部品のような厳格に曖昧さなく、言葉と言葉の意味の繋ぐ。結局のところ、彼らは僕に英国人になってほしくなんてちっともなかったのに。僕の書くことが理解可能になりさえすれば、と願っていた。そうすれば彼らが僕を理解することができるからね。
そして僕の夢は消えていった。パブロ・ピカソが絵画の世界でやったようなことや、ジャズの巨匠たちが音楽の世界でやったようなことを 、僕はいつか言葉の世界でやってみたかった。でももし僕が句読法のルールを凡て破り捨てたら、僕が勝手に思う意味で単語を使ったら、そしてそれらの単語を一緒くたにめちゃくちゃに並べたら、単純に僕は理解されない。だから君もピカソ・スタイルやジャズ・スタイルの書き方は避けるべきなんだ。もし君に何か言いたいことがあって、それを理解してほしいと願うなら。
読者は、僕らのページが彼らが今まで見たことのあるようなページであってほしいと思ってる。なぜ?それはつまり、彼ら自身もタフな仕事を持っていて、彼らは僕らに助けを求めているからだろうね。
読者に同情
読者は紙の上の数千もの小さな記号を識別しなくてはいけなくて、すぐにそれらを理解しなくてはいけない。彼らは読まなくてはいけないし、読むということは、とても難しい技術で、小学校から高校まで12年間勉強するけれど、多くの人が実は習得しない。
つまりこの議論は、著者としての僕らのスタイルの選択肢はたくさんも無いし艶やかでもないことを遂に了承する。僕らの読者はこんなにも完璧ではない技術者なのだ。聴衆は僕らに、賛同的かつ辛抱強い教師であることを求め、美声の歌声が高く舞い上がるように、僕ら著者が雲の上まで高く舞い上がるのではなく、僕らが喜んで単純化して明確化することを求めているんだ。
これは悪い知らせだね。よい知らせは、僕らアメリカ人は非常に類い稀な憲法に護られていて、僕らは刑罰の恐れなく何についてでも書くことができる。だからもっとも意味のある視点としての僕らの書くスタイルは、何を書くかなんだ。それには徹底的に制限が無い。
本当に詳細なアドヴァイス
字義的な狭い意味でのスタイルについては、次の本に君の注意を命令する。The Elements of Style (Elements of Style) by William Strunk, Jr. and E.B. White。E.B. White はもちろん、この国が生み出した崇拝すべき文学様式研究者だ。
もし完璧なまでに魅惑的な伝えたいことを、White氏が持っていなかったとしても、彼自身どれほど良くあるいは悪く表現したか、誰も気にしないということを君は認識すべきだよ。
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『察知力』を読んで
- 2008-07-20 (Sun)
- Book Reading
僕はドラマにもスポーツにも車にもあまり興味のない人なんですが、中村俊輔から学んだ「察知力、壁、引き出し」- モチベーションは楽しさ創造から を見て、読んでみました。中村俊輔さんは僕と同世代で、今は世界で活躍してるんですね。
自分自身がここで“活躍”しているかどうかは、正直よくわからないですが、生まれ育ったところと違う環境に身を置いて、仕事をしていくということは共通していますし、それだけじゃなくて、仕事一般に対する考え方の部分ですごく参考になりました。考え続ける、そしてそれを書き続ける、というのはとてもやっぱりとても大事なんですね。
「書く」ことがいかに大切なことかを教えてくれたサッカーノート
試合前に、試合でのテーマ、何を意識してプレーすべきかを書く。そして試合が終わったあと、試合を振り返り、試合の感想から始まって、攻撃面でのよかったところ・悪かったところ、守備面でのプラス・マイナス、僕個人のことだけでなく、チーム全体のことなど、気がついたことは何でも書いた。チームメイトはもちろん、気になった相手選手についても書いた。
「目標を設定してクリアする」ことを繰り返す
短期には1年後、中期には3年後くらい、長期はそれより先。目標を書いておけば、自然とそれを意識した日々を送ろうと努力するものだから。
壁に当たったときこそ、過去のサッカーノートを開く
悩んだり、壁に当たったときは、サッカーノートを書く回数も自然と増える。そして、それを見直す時というのは、ちょっと“詰まった”場合が多い。
気持ちを切り替えてきた過去が、、サッカーノートを見るとわかる。モチベーションが下がりそうになったとき、イライラしたりする時間がもったいないから、ノートを見るようにしている。そうすると、読むだけで「ああ、そうだよな」という感覚が戻ってくる。文字を追っていると、当時のことが蘇ってきて、気持ちを切り替えるきっかけというか、自分への勇気づけになることも多い。
「体験」を記しておくことで、人生の無駄な時間を節約できる
落ち込まない人間はいない。だからと言って、永遠に落ち込んでいることもない。
自分自身で悩み、励ます言葉を見つけることもあれば、誰かの一言が助けになったり…など、前を向く、上を向くきっかけは必ずある。
誰もが経験していると思うけれど、ほんのちょっとしたことが、そういうきっかけになるときもある。そういう体験をノートに記しておけば、次につまずいたとき、昔の自分の言葉が励ましてくれる。
一度言葉にすることで、頭の中で整理ができているから、伝えやすい。
僕にとってのサッカーは、趣味であり、特技なだけ
フリーキックは僕の武器の一つであることは事実だけれど、僕にとってのフリーキックは、努力の賜物とか、才能という風には考えていない。フリーキックは、僕の趣味であり、特技という感じ。サッカーも同様だ。
「どんなポジションであっても、11人に選ばれて、グラウンドに立つべきだ」
「ベンチで見ていても得るものは何もない。どんなポジションであっても、先発の11人に選ばれて、グラウンドに立つべきだ」
オシム監督下での初試合。難局こそ、課題を見つけるチャンスだ
チャレンジするkとで、自分に力がつくし、経験を積むことができる。難しい状況に立ち向かい失敗し、「中村、ヤバいんじゃないか?」という状況になったとしても、そういうときは課題が出たということだから、「課題が見つかったぞ、よかったな」と僕は感じる。その課題を拾って、また考えて、練習すればいいと。そうすれば失敗も糧となる。
プラスに持っていく努力をすれば、何かがつかめる
壁から逃げなければ、得るものが大きい。なんでも、プラスへ持っていく努力をすれば、結構うまくいく。がむしゃらに壁に立ち向かい、当たって砕けたとしても、当たろうとした努力があれば、その後が違ってくる。
普通だったら「つらい」の一言で終わってしまうかもしれないレッジーナでの経験
サッカー以前の問題で悩むことも多かった。でも、「こんなところじゃできない、こんなサッカーできない」と言ってしまえば、終わってしまう。レッジーナではたくさんの壁があったけれど、それを経験したくてここに来たのだから、乗り越えるために必要なことを考えた。
目の前の壁をネガティヴなものだと感じれば、それを超えていく作業にも余分なエネルギーを使うことになるけれど、「この壁を越えれば、またひとつ引き出しが増える」とポジティヴに考えれば、壁を越える作業も楽しいものとなる。
苦しいときこそやらなければ
試合に出られない、チャンスが来ないとなれば、誰だって、気持ちが落ちる。でもそういうときにこそ、踏ん張らなくちゃいけない。落ち込んで、腐ってしまえば、オーラは消えてしまい、存在感が薄れ、ますます出場チャンスから遠のくこととなる。
苦しいときこそ、やらなくちゃいけない。
壁にぶち当たったとき、どうにかしようと立ち向かう、前向きな気持ちを持つのはたやすいことじゃない。だから僕はもがく。このまま、終わるわけにはいかないし、終わるわけもない。だから、この苦しい毎日を次ぎに活かさなくてはいけないと、必死になる。
安定してうまくいき続けるときこそが、危機だ
刺激がなくなったとき、それを手にするために環境を変えることは、一つの手段として、当然の選択だろう。しかしただ環境を変えるだけでは、だめだと思う。「未来の自分」「なりたい自分」を想定し、そのために必要な環境を選ぶこと。それができないと、ただ環境を変えただけでは何もプラスにはならない。なぜなら、環境を変えることが、現状からの逃避で終わってしまうこともあるから。
違う文化圏で受け入れてもらうためには、自分から飛び込むしかない
新しい環境になじむ努力をしないなら、環境を変えた意味がない。たとえそれが修行のような毎日であっても。修行を経たからこそ、成長できるのだ。
環境の変化の中で、一番大事なのは「自分を知る」こと
次のステップ、次のステップへと気持ちがはやるあまりに、今までやってきたことへの意識が薄くなってしまうkと。そうなると、せっかく築いてきた力も、崩れてしまう怖さがある。だから「今までやってきたこと」と「今できること」をしっかりやったうえで、それをにくづけするイメージで次のことへ挑戦しようと考えた。
大事なことは、自分を知ること。新しいサッカーのなかで、何ができ、何ができないのかと自分とサッカーを照らし合わせながら、工夫していく。
監督に迎合することと、監督の要求を理解することは違う
イタリア時代は難しかった。大前提として、イタリアのサッカー、レッジーナのサッカーでは「ナカは使いづらい」と思われていたから。
だから練習中に必要だったのは、自分のプレー以外のことを見せていくことだった。使いづらいと思わせている気持ちを変えるため、レッジーナのサッカーでも僕はできるんだということを見せ、監督を納得させるしかない。そのことばかりを考えていた。
トルシエ監督との4年間は、すべてその後の跳躍のため
メンバーに残れなかったのは、何かが足りないからだと感じ、足りないものを見つけて、成長するために活かそうと考えていた。そうしなければ、トルシエ監督と過ごした時間が意味のないものになる。大事なのは、これから先だ。
他人を妬んでいる人は伸びない
僕がこだわるのは、どんな強い相手と対戦しても、自分のスタイルでプレーできるかということ。だから違うタイプの選手から、自分にないものを学びたい。いろんなことを吸収しながら、引き出しを増やしつつ、自分のやり方、プレーの質を高めようと考えている。
自分の実力が伸びれば、盗む相手がかわり、観察する内容も、身につけることの質も、自然と変化していく。
トップレベルで戦っている人の多くが、そういう感覚だと思う。他人を妬んでいる人は、伸びない。自分の足りない力を分析せずに、他人を妬んでいても意味がないのだ。
大きな期待を背負ったときの苦しさ
周囲の期待を、うまく自分のなかでコントロールしながら受け止めることが大事だと思った。期待に応えたいという気持ちは自然と起きるものだけど、意識しすぎちゃいけない。批判も同じ。受け止めなくちゃいけないことは受け止めつつも、うまく流すことが必要だ。
「絶好調」にも「不調」にも、振り回されない
浮ついた気持ちを持ちたくないからだ。調子がいいと感じてしまうことで、満足するのがイヤなんだ。「もっとやらなくちゃいけない」という欲が薄れてしまうことが、僕は怖い。
大きな試合で勝ったり、自分のプレーへの満足度が高い試合の後には、いい気分にもなる。けれど、あまり喜びすぎたり、浮ついたことを口にすることはない。もちろん勝敗も重要だし、それもまた目標へ近づく過程において必要なことだ。けれどもっと大切なのは、自分の目標をブレさせないこと。試合結果に対して、喜びすぎたりすると、どこかで油断してしまい、目標へ向け、やるべきことが、ブレてしまう。また試合に敗れたり、ひどいプレーをしてしまったときも同じだ。反省はしても、落ち込みすぎないようにしなくちゃいけない。
モチベーションを下げたまま、練習しても意味がない。落ち込んでいる時間はもったいない。
無駄を最小限にするために思考回路
僕は時間を無駄にしたくない。予定を立てるのはサッカーも同じ。目標を掲げて、いかにそこへ向かうのか?課題をどのようにクリアするのか?ひとつひとつ積み上げていく作業だ。
将来、監督になりたい僕にとって、すべての指導者が手本だ
自分の将来的な目標を“監督”と意識するようになってからは、すべての指導者が僕にとっての手本となった。
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ブログロールを導入
思い立って blogroll を入れてみました。ただ wp.Vicuna ではデフォルトで blog roll は使われないのか知らん?調べてみました。2.5 以降は widget という仕組みになっているのかな?今日はとりあえず調べない。以前のバージョンの解決方法などを参考にしつつ(Vicunaテーマでブログロールを表示する際の不具合)、今回採用した簡単な方法は…
- Theme Editor で Sidebar (sidebar.php) を編集。
<dt>Links</dt> <dd> <ul><?php get_links_list(); ?></ul> </dd> - 上記コードで呼び出されている get_links_list を grep して、/wp-includes/deprecated.php にて発見(deprecated って…)。
- deprecated.php を編集
// Display the category name //echo ' <li id="linkcat-' . $cat->term_id . '" class="linkcat"><h2>' . apply_filters('link_category', $cat->name ) . "</h2>\n\t<ul>\n"; // Call get_links() with all the appropriate params get_links($cat->term_id, '<li>', "</li>", "\n", true, 'name', false); // Close the last category //echo "\n\t</ul>\n</li>\n"; echo "\n</li>\n";
とこんな感じになりました。
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